レアル・マドリーユニホーム

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サッカーマニアによるレアルマドリードの歴代ユニフォームを解説

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こんにちは。
ダゾーンでサッカーの試合を視聴している松嶋俊です。

普段はマンチェスター・シティを応援していますが、元は根っからのサッカーマニアです。某プロサッカーチームのコーチを務めているので僕の一日はサッカーで埋め尽くされています(笑)Instagramで解説もしています。


そんなサッカーマニアが超個人的にユニホームについて調べていたらスポンサーが変わることでユニホームのデザインも変わるので、その変化を追いかけると以外に面白かったりしたのでブログでも語ろうと思います。

1.レアルマドリードのユニホームの変化

エル・ブランコ(スペイン語で「白」という意味)の愛称で親しまれるレアルマドリーのユニフォームは、1902年のクラブ誕生から一貫して白が基調で、袖にラインが入るといった変化や、そのラインの形状が変わるといった小さなマイナーチェンジが多く、全体的なデザインはほとんど変化していませんが、胸スポンサーの変化やデザインやその背景に迫っていきたいと思います。

1982年~

レアルマドリードのユニフォームにスポンサーのロゴが入ったのは1982年で、すでにスペイン最大のクラブとなっていたレアルマドリードでしたが、さらに資金を集めるべく、スポンサー契約を結ぶこととしました。

過去にスペイン代表の監督を務めたこともあるデル・ボスケや2002年日韓W杯でスペイン代表を率いたカマーチョらがプレーしていたチームのユニフォーム胸部分に、イタリア生まれの家電メーカーである「ZANUSSI」のロゴが入ります。

1-1.1985年~1991年

そして、1985年にはパルマの親会社でもあったイタリアの食品会社「Parmalat」がスポンサーになりました。

レアルマドリードユニホーム

現在とデザインの変化はほとんどありません
参照元:realmadrid

1-2.1992年~00年

その後、「OTAYSA」を経て、1992年から「TEKA」の時代が長く続きます。ドイツのキッチン用品メーカーTEKAがスポンサーだったこの時代は、レアルマドリードは2度のCL優勝を達成。

1997~98シーズンの決勝ではミヤトビッチがネットを揺らしてユベントスを撃破。1999~00シーズンはモリエンテスとマクマナマン、さらにラウールがゴールを挙げてバレンシアに圧勝し、エル・ブランコのユニフォームがより一層輝きます。

レアルマドリードユニホーム

1992~2000年代のTEKAが胸スポンサーのユニフォームはラウールや、ロベルト・カルロスなど数多くのスター選手が袖を通しました。
参照元:SOCCERKING

レアルマドリードユニホーム

セカンドユニフォームはパープルを採用。
参照元:SOCCERKING

1-3.2001~02年 ジダンの襲来

レアルマドリードユニホーム

参照元:SOCCERKING

2001~2002シーズンからは、レアルマドリードが胸スポンサーをつけるようになってから初めて、スポンサー契約を結びませんでした。

デザインもクラブ創立100周年記念ということで、伝統的な胸スポンサーロゴなしのユニフォームになり、ジダンの歴史的なゴールが決まった2001-02シーズンのCL決勝のレバークーゼン戦では、この伝統的なユニフォームに身を纏ったジダンが歴史に残る見事なボレーシュートを決めたのを覚えている方も多いと思います。

私は個人的にこのシーズンのレアルマドリードのユニフォームが一番好きで、学生の頃父親に買ってもらったことを思い出します。

レアル・マドリーユニホーム

セカンドユニフォームはシンプルな黒を採用。
参照元:SOCCERKING

1-4.2002年~2007年

2002年から2007年までは、「Siemens」がスポンサーとなります。ミュンヘンに本社を置くSiemensは、電子機器の製造業から発展し、今や情報通信や医療、防衛事業も展開する、いわば何でも屋。

この頃のレアルマドリードは、まさに「銀河系軍団」の全盛期で、前述のジダンだけでなく、フィーゴにロナウド、ベッカムにオーウェンまでチームに加わりましが、このチームがほとんど栄光を手にすることができず、Siemensから受け取った大金もほとんど無駄に終わってしまいます。

その後、台湾のコンピュータメーカー「BenQ」がスポンサーとなり、現在のオンラインカジノの「bwin」至りました。

レアル・マドリーユニホーム

Siemensから多額のスポンサー料を得て「銀河系軍団」と呼ばれるようになるが、タイトルは手にできず。
参照元:SOCCERKING

レアル・マドリーユニホーム

セカンドユニフォームは、デザインは変わらず、お馴染みの《黒》を採用
参照元:SOCCERKING

1-5.2008年~2012年 クリスティアーノ・ロナウドの存在

2007~2008シーズンからはオンラインカジノ運営会社の「bwin」スポンサーになります。

レアル・マドリーユニホーム
参照元:SOCCERKING

何と言ってもこのユニフォームの象徴はクリスティアーノ・ロナウドでしょう。彼の加入により、このユニフォームがどれほど売れたのかは、もはや天文学的数字ではないでしょうか。

クリスティアーノ・ロナウドのおかげで、レアルマドリードのこの時代のユニフォームが私たちに強く印象付けられたことは間違いないでしょう。

レアル・マドリーユニホーム

セカンドはお馴染みの黒。
参照元:SOCCERKING

1-6.2021年現在~

レアル・マドリーユニホーム

参照元:SOCCERKING

2013~2014シーズンからはFly Emirates(エミレーツ航空)が胸スポンサーを務めベイルやモドリッチ、ハメス・ロドリゲスなど名選手が袖を通している。

驚くのがこのFly Emirates(エミレーツ航空)はレアルマドリードの他にもACミランやアーセナル、ベンフィカなどのチームのスポンサーも務めており、これだけのチームのスポンサーを継続していける経済的体力は計り知れない。

レアル・マドリーユニホーム

セカンドユニフォーム昔採用したこともあるパープルを再び採用
参照元:SOCCERKING

2.アディダスとの長期契約



レアルマドリードのユニフォームのといえば、アディダスが担当していますが、その歴史は意外と浅く、両者は1998年から契約を結び、現在に至るまで契約を継続しています。

さらに、2019年5月に、両者はスポーツ業界で前例のない大型新契約を結んだことを発表しました。2028年6月までの8年間、契約を延長し、新契約満了までの期間は30年間に達し、レアルマドリードとアディダスの固く結ばれた信頼関係が垣間見えます。

アディダスと契約を結んでからこれまで、エル・ブランコはチャンピオンズリーグ(CL)6度、クラブ・ワールドカップ(CWC)6度、UEFAスーパーカップ4度、リーガ・エスパニョーラ6度、スペイン・スーパーカップ5度、コパ・デル・レイ2度の制覇を成し遂げています。

レアルマドリードは、この契約延長発表の際に「世界中のマドリディスタに最高のものを提供し、世界のサッカーの覇権を握り続けること」が、今後数年間の目標だと表明し、アディダスと共にサッカー界の世界ナンバーワンに君臨し続ける決意を語っていました。

3.まとめ

レアルマドリードの歴代のユニフォームについて紹介していきましたが、デザイン自体に大きな変化はなく、胸スポンサーの変更などにより、ユニフォームの印象が少し変わってきているといった歴史でした。

ユニフォームを通してその年その年にレアルマドリードで活躍した選手が思い出せれば、ユニフォームの「役目」としては十分なのではないでしょうか。

私は、ジダンの伝説のボレーシュートを目の当たりにし、その時代のレアルのユニフォームが好きになりました。

みなさんもこの記事を読んで、歴代ユニフォームを介して、レアルの思い出に浸ってみてはいかがでしょうか。

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